・1954年3月1日、「ビキニ・デー」

・1954(昭和29年)年3月1日、ミクロネシアのビキニ環礁で、アメリカが行った水爆実験により、静岡県焼津市のマグロ漁船第5福竜丸が、死の灰 (放射性降下物)を浴びました。

・爆心地より 160 キロ東方の海上で操業中、突如西に閃光を見、地鳴りのような爆発音が船をおそいました。やがて、実験により生じた「死の灰」が第五福竜丸に降りそそぎ、乗組員 23 人は全員被爆しました。その後、半年後に久保山愛吉無線長が、死亡しました。以後この日(3月1日)をビキニ・デーとして、反核の集会などが行われるようになりました。

・3 月 1 日に、アメリカが炸裂させた水爆「ブラボー」は、広島に落とされた原爆の1000 倍(15 メガトン)の破壊力でした、放射能は広範な海と大気を汚染しました。

・実験場とされたビキニ環礁とエニウェトク環礁をはじめ、多くの環礁や島が被害を受けました。

・2010年 7 月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により、ビキニ環礁は世界遺産に登録されました。その理由として「珊瑚礁の海に沈んだ船やブラボー水爆の巨大なクレーター」などを核実験の証拠として保持していくとのことです。


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