1670225日、「箱根用水完成日」

 

1670(寛文10)年225日は、江戸時代の第4代将軍家綱の時代、芦ノ湖の水を、その西側の外輪山湖尻峠に、約1200メートルのトンネルを掘って、富士山麓の深良村(現在の裾野市)など数か村に導いて灌漑している用水で、深良村名主の大庭源之丞氏らが、5年の歳月をかけて完成させた日本土木史上重要な意味を持つ「箱根用水」の完成日です。

 

・この工事によって、富士山麓の火山灰地にあって、旱魃に苦しんでいた、多くの農民を救ったのです。

 

・この用水は、現在でも使用されています。1663年に、深良村の人々が計画して、1666年に江戸幕府の許可を得て、工事が始まりました。当時は、5.3平方キロメートルの灌漑でしたが、現在は、ほぼ倍近くになり、3つの水力発電所も出来ています。

 

・当工事の中心人物の友野与右衛門氏の指導により、東西から堀り進み、湖尻峠の下で出会ったときの誤差は、僅か1メートルだったといいます。初歩的な三角測量などの技術は、使われていましたでしょうが、この誤差は、日本土木史上の金字塔でした。

 

・深良用水は、農林水産省の疏水百選に選定され、世界最大の灌漑・排水分野としては最大の国際灌漑排水委員会による灌漑施設遺産にも登録されています。

 

・現在のようなコンピュータや掘削機械がなかった時代に、どうやってこれだけの大工事を成し遂げたのか。当時の土木技術の高さには驚かされるばかりです。

 

・因みに、わが故郷、岐阜県多治見市にも、虎渓用水の難工事の尊い歴史が、あります。虎渓用水は近世以降の農民の悲願を込めた用水で、土岐川の水を虎渓山の岩山を通す難工事を経て明治35(1902)9月に竣工しました。水路の延長は約1,620メートルでした。

 

・虎渓山永保寺付近の虎渓頭首工から取水し、虎渓山の裏山をトンネルで貫いて、弁天町(弁天池)に流しました。

 

・農地が住宅に変わるにつれて、現在、虎渓用水の上は歩道等として利用されています。そして、多治見駅の北口の虎渓用水広場は、この用水を利用しています。




ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村




3385697_m