1902123日は、「八甲田山遭難の日」

 

1902(明治35)年123日は、青森県の八甲田山で、弘前に本営をおく第8師団青森歩兵第5連隊210名が遭難する大事故が発生した。

 

・陸軍による冬季訓練中の出来事だった。青森歩兵第5連隊210名は、123日の早朝に、標高1585メートルの雪道を進むことを目的に出発した。しかし、暴風雪に巻き込まれて道を見失い、過酷な寒さによる凍傷や疲労から、199名の死者を出すという、世界でも例のない大量遭難事故になった。

 

・逆方向から出発した弘前連隊は、雪洞の中で天候回復を待ち、全員が無事だった。

 

・この出来事は、のちに小説(『八甲田山死の彷徨』新田次郎著)や映画にもなったが、日本列島が史上もっとも強い寒気に見舞われた中での出来事だった。

 

1902年(明治35年)1月に、歩兵第5連隊第2大隊210人が八甲田山で遭難した際、雪の中に仮死状態で立つ兵士の姿(後藤房之助伍長といわれている)を捜索隊が発見し、救援活動のきっかけとなったと伝えられている。

 

・明治371023日、全国の将校達の寄付により、大熊氏広氏により創られ、現在の馬立場の頂上に歩兵第5連隊第2大隊遭難記念碑として、高さ7mで建立し、霊を慰めたもの。ここからは、田代高原や青森市街が眺望できる。




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