1914112日、「桜島大正大噴火の日」

1914年の今日112日は、桜島大正大噴火の日

 

1914(大正3)年、鹿児島県の桜島で、史上最大の大噴火が始まりました。

 

35人の死者を出し、流出した熔岩によって対岸の大隅半島と地続きになりました。

 

・大正3112日、桜島が大爆発を起こし、噴出した溶岩流により大隅半島と陸続きとなりました。

 

 ・全長1kmに及ぶ溶岩遊歩道の途中にある有村溶岩展望所は、大正3年の大爆発で流出した溶岩原の小高い丘にあり、360度広がる眺めが望めます。

 

 ・桜島島内にあった腹五社神社の鳥居は、大正噴火後たった1日のうちに軽石や火山灰に埋め尽くされ、高さ3mの鳥居が、今では笠木部分の1mを地上に見せるのみとなっています。

 

・また、桜島の西海岸では沖合にあった烏島が溶岩流に飲み込まれ、今では大正溶岩の岩海上の展望台になっています。

 

・大正3年の噴火で噴出した溶岩の量は約30億トンと推測され、桜島の面積の3分の1を覆い、桜島は陸続きになりました。

 

112日午前、桜島南岳の西山腹と東山腹で大噴火が始まり、13日夜に溶岩流が発生。噴火と地震は1ヶ月も続きました。

 

・井戸の水位低下、有感地震の多発など、前兆もあったことから前日の111日午後には1時間に50回以上の地震が発生し、自主避難した島民もいましたが、半数以上の集落は、船で対岸の町村を目指し自主避難を行ないましたが、数千人が島に残り、鹿児島港に停泊していた汽船が救助に向かいました。

 

・大正3年の爆発当時、黒神、有村、古里などの集落があり、頂上付近にも小さな温泉場があったという桜島。

 

 ・桜島の当時の人口は21,000人もあったといいますが、現在は5,000人ほど、その被害の大きさがよくわかります。




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