・1861年12月25日、スケートの日
・1861(文久元)年12月25日は、イギリスのトーマス・ライト・ブラキストン探検家が、函館に滞在中に、日本で初めてスケートをしたのを記念して、日本スケート場協会が、1962(昭和57)年に、この日を「スケートの日」としました。
・現在、日本におけるスピードスケート、フィギュアスケート、ショートトラックの3競技を統括する組織として、公益財団法人・日本スケート連盟があります。同連盟は、1929(昭和4年)に大日本スケート競技連盟として発足したと公式サイトに明記されています。
・「日本スケート場協会」は日本のスケート場業界の任意団体でした。12月25日を「スケートの日」を制定した以外の業績は、ほとんど残っていません。
・日本で初めてスケートをしたとされるトーマス・ライト・ブラキストン氏は、幕末から明治期にかけて日本に滞在し、津軽海峡における動物学的分布境界線の存在を指摘した人物でもあります。
・この境界線は後に「ブラキストン線」と命名されました。この発見を記念して、函館山の山頂にブラキストン氏のレリーフをはめ込んだ石碑が建てられています。ブラキストン氏は20年以上にわたって函館に暮らし、貿易商として函館の発展に貢献した人物でもあります。
・日本初のスケート場は1876(明治9)年1月6日に横浜につくられました。明治の初めは外国人が娯楽としてスケートを楽しんでいました。日本人がスケートを楽しむようになるのは明治30年代以降となります。
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