19911226日、「ソ連崩壊の日」

 

1991(平成3)年1226日の今日は、ソビエト連邦共産党解散を受けた各連邦構成共和国の主権国家としての独立、ならびに同年1225日のソビエト連邦大統領ミハイル・ゴルバチョフの辞任に伴い、ソビエト連邦が解体された出来事1226日をいいます。

 

1917117日のロシア革命からロシア内戦を経て19221230日に成立したソビエト連邦は、69年後の19911225日に崩壊しました。同日、ソビエト連邦に比して規模が小さいロシア連邦が成立しました。かつてのソビエト連邦を構成した国々は、それぞれが独立国として別々の外交政策を採り始めました。

 

.ソビエト連邦が解体され、独立国家共同体という緩やかな国家同盟へと変容しました。ソ連崩壊時に、独立国家共同体は、ソビエト社会主義共和国連邦を構成していた15か国のうちバルト三国を除く12か国によって結成されたゆるやかな国家連合体をいいます。独自の憲法や議会は持っていません。本部はベラルーシの首都ミンスクに置かれています。

 

・ロシアの歴史を見ても、現在まで続くロシア連邦は、ソビエト連邦成立以前のロシア帝国の後継国家として、自国の起源を定義しており、一党独裁については明確に否定した上で自由選挙を行う共和制多党制国家となりました。正式な国旗や軍旗などもロシア帝国時代の物を採用しています。

 

19911221日、ロシアを始めとした12共和国が、ソビエト連邦に代わる新しい枠組みとして独立国家共同体の設立を宣言するアルマ・アタ宣言に調印したことで、ソビエト連邦はその存在意義を完全に喪失しました。

 

・こうした中で、1991122519時の会見で、ミハイル・ゴルバチョフ氏はソビエト連邦大統領の辞任を表明し、辞任と同時にクレムリンに掲げられていたソビエト連邦の「鎌と鎚の赤旗」の国旗も降ろされ、これに代わってロシア連邦の「白・青・赤の三色旗」の国旗が揚げられた。翌日1226日にはソ連最高会議共和国会議でソ連の消滅が確認されました。




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