今日は何の日

「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    2019年01月

    今日131日は、アメリカ初の人工衛星打ち上げの日です。

    ・今日1958年(昭和33年)131日、アメリカ ケープカナベラルから打ち上げられた衛星は、アメリカで最初の人工衛星となりました。

     

    ・この日打ち上げられた人工衛星は、直径16.5センチメートル 重さ14キロの円筒形で、エクスプローラ1号と命名されました。

     

    ・地球を取り巻くバンアレン帯の発見など科学的な成果もあげました。

     

    ・世界最初の人工衛星のソ連のスプートニクニクの打ち上げは、の前年104日、日本は、1970年に「おおすみ」で、人工衛星打ち上げの仲間入りをしました。

     

    今日131日は、冬季オリンピックで、日本初のメダル獲得の日です。

     

    ・今日131日は、冬季オリンピックで、日本初のメダル獲得の日です。

     

    1956年(昭和31年)に行われた第7回冬季オリンピック大会で、冬季五輪男子スキー回転に出場した猪谷千春選手は、見事2位に入賞しました。

     

    ・猪谷千春選手は、1956年のコルティナダンペッツォオリンピックで日本人としてはじめて冬季五輪メダリストとなりました。その後、IOC委員となり、2009年まで副会長を務めました。

     

    今日130日は、インド独立の父、ガンジーが暗殺された日

    ・今日1948年の130は、イギリスによって統治され続けたインドを独立に導いたマハトマ・ガンジーが、狂信的なヒンズー教徒によって暗殺され、悲劇的な最期を遂げました。享年78歳でした。

     

    ・ガンジーは、南アフリカで22年間、非暴力を原則に人種差別と闘い、その後1915年にインドに帰国して、イギリスに対して、非暴力による抗議運動を繰り返し、1947年にインドの独立を認めさせました。

     

    ・その翌年インドでは、宗教対立が激しくなっており、この日130、非暴力に反対する狂信的なヒンズー教徒によって暗殺されました。

     

    ・マハトマ・ガンジーは、第一次世界大戦後のインド独立運動の指導者でした。

     

    ・第一次世界大戦後から国民会議派を率いてインドの独立運動を、非暴力・不服従という戦術で展開し、第二次大戦後にインド独立を達成しました。

     

    ヒンズー教徒とイスラーム教徒の融合を終生追求しましたが、狂信的なヒンズー教徒によって暗殺されました。

     

    20076月の国連総会では、この日(130日)を国際非暴力デーという国際デーとすることが決議されました。

    今日129日は、昭和基地開設記念日

    1957(昭和32)年の今日129、日本の南極観測隊が南極のオングル島への上陸に成功し「昭和基地」を開設したことを受けて記念日に制定しました。

     

    1956118日に第一次南極地域観測隊の永田武隊長以下53名を乗せた「宗谷」は、東京港晴海埠頭を出発しました。 翌年1292057分、隊員のうち17名が東南極のオングル島に上陸し、この地域を観測隊の主基地と定め、「昭和基地」と命名しました。

     

    ・この年から翌年にかけては「国際地球観測年」で、日本を始め12ヵ国による観測網が敷かれました。

     

    ・南極に取り残されながら共に生存し、1年後に救出されたことで有名になった樺太犬の兄弟であるタロとジロの生存。

     

    ・宗谷が氷に閉じ込められてソ連船に助けられるなど、南極には、多くの心温まるドラマがあります。

     

    ・「昭和基地」の名称の由来は、建設された時代の元号「昭和」からです。

     

    ・南極には日本の観測基地として、昭和基地のほかに、みずほ基地、あすか基地、ドームふじ基地があります。

     南極大陸 (写真素材 ぱくたそ)

    ISHI875_ryuhyo_TP_V[1](ぱくたそ素材)

     

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    今日128日は、南極大陸の大和雪原に日章旗、宇宙からの警告の日

    ・南極大陸の大和雪原に日章旗

    1910年(明治43年)、海南丸204トンに、隊員27名とカラフト犬を乗せて、品川港を出航しました。

    ・白瀬南極探検隊が、南極圏内の最も南の到達地点であった、南緯805分、西経15637分の地点に到達したのが、1912年の今日128です。

    ・隊長の白瀬矗(しらせのぶ)は、南極のこの地に日章旗を掲げ、大和雪原と命名しました。

     

    宇宙からの警告の日

     ・1986(昭和61)年の今日128、アメリカのスペースシャトル・チャレンジャーが、アメリカのフロリダ州ケープカナベラルから打ち上げられましたが、発射73秒後に大爆発し、乗組員7人全員が死亡しました。

    ・原因は、固体燃料ロケットの接続部分の不良によると発表されました。

    ・世界中にテレビ中継されている最中の非劇的な大事故でした。

     ・作家・大江健三郎は『治療塔』の中でこの事故を「宇宙意志からの警告」と表現しました。


    今日127は、国旗制定記念日

    ・明治政府が、1870(明治3)年127日、太政官布告第57条により、商船規則で国旗のデザイン規格が示されたことを記念して、国旗協会が制定しました。

     

    ・なお、国旗の規格は、縦横の比率は23、日の丸の直径は縦の長さの5分の3で、日の丸は旗の中心の位置となっています。

     

    ・商船規則が出来るまでは、船ごとに様々な旗が掲げられ、日本の船との認識が困難でした。

     

    ・デザイン元は、江戸時代に徳川幕府が「日本惚船印」として定めていた白地に日の丸デザインを踏襲にしたものです。

     

    ・その後、1999(平成11)813日に公布・施行された「国旗及び国歌に関する法律」で、日本の国旗は日の丸、日本の国歌は君が代、として法制化されています。

     

    ・社団法人国旗協会の主な目的は、「国民の理想を表わし、国を象徴する国旗の正しい理解と普及に努め、健全な国民の育成に資すると共に、世界の人々との間に相互理解の精神をつちかい、明るい日本と平和な世界の建設に寄与することを目的としています。

     

    ・主な事業は、国旗掲揚活動の推進 、国旗知識の普及及び啓蒙活動の推進となっております。

     

    ・、この協会が設立されたのはそんなに古いものではなく、1966(昭和41)年628日 であり、内閣府大臣官房管理室の管轄にあります。

     

    今日126日は、文化財防火デーの日

    1,949年(昭和24年)の126日、奈良県斑鳩町の法隆寺金堂から出火し、国宝の十二面壁画の大半が焼損しました。

     

    ・当時現存した7世紀末建立の世界最古木造建築だった法隆寺金堂から出火し、内陣47坪が全焼しました。

     

    ・壁画は、敦煌の壁画にも優るとも劣らない世界的な遺産だっただけに、痛恨の消失となりました。

     

    ・この反省から、翌1,950年に文化財保護法が成立しました。

       

    ・この火災があって間もなく、国家消防庁長官は、文部次官にあてて「国宝建造物等の防火態勢強化について」という通達を送り、その前文で「先般の法隆寺金堂の出火については、当庁においても早速係員を派遣し、現地調査すると共に、現存するこの種国宝の一部について検討せしめた所、その防火態勢はいずれも憂慮すべき状態にあり、今後大いに改善を図る必要が痛感された次第である」と述べています。

     

     ・このような背景から、文化財防火デーが、昭和301955)年1月26日に定められ、これに関する文書が、国家消防本部と文化財保護委員会の連名で出されました。

      

     ・また、平成6年11月1日から、法隆寺の焼損壁面が、45年ぶりに一般公開されましたが、これは、法隆寺が世界文化遺産に登録されたことや、金堂修復40周年を記念してのものだといわれています。

    今日125は、第1回冬季オリンピックが開催された日

    ・今日125は、1924年第1回冬季オリンピックの開催された日です。

    ・第1回冬季オリンピックは、1924125日から同年25日まで、フランスのアルプスの最高峰モンブランの麓にあるリゾート地シャモニー・モンブランで開催されました。

    ・当初は国際冬季スポーツ週間として試験的に行われましたが、翌年のIOC総会で第1回冬季オリンピック大会として正式に認定されました。

    ・夏のオリンピックの開始から28年後のことです。16カ国から258人が参加し、12日間で6競技16種目が開催されました。

    ・日本も選手派遣を検討していましたが、前年に起こった関東大震災の被害が甚大なのを考慮して派遣を見送りました。

    今日旧暦の124日は、郵便制度施行記念日

     

    1871年(明治4年)旧暦の124日は、「郵便規則」が制定されて、近代郵便制度が施行されました。

     

    ・それまでは飛脚便に頼っていたが、近代郵便制度の創設者である政治家・前島密(まえじまひそか、18351919年)の建議により郵便制度が定められました。

     

    ・まず東京・京都・大阪に最初の郵便役所が創設され、その後全国で郵便制度の営業が開始されました。

     

    ・前島 密は、「郵便」や「切手」、「葉書」という名称も定めました。

     

    ・前島密はこれらの功績から「郵便制度の父」と呼ばれ、また、現在の日本橋郵便局には「郵便発祥の地」の碑と前島密の胸像が設けられています。


    ・今日123は、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が提唱する「一無二少三多」をより多くの人に実践してもらうことを目的に、同協会が、語呂合わせで、記念日に、制定しました。

     

    一無(いちむ)とは、無煙と禁煙、「タバコの三悪」とは、タバコによってからだに運び込まれるニコチン、タール、一酸化炭素です。タバコの三悪の追放です。

     

    二少(にしょう)とは、少食と少酒の勧め、昔から「腹八分目に医者いらず」と言われているように暴飲暴食を控えることは、身体の機能を健康な状態に維持していく上でたいへん重要です。

     

    ・「百薬の長とはいえども、万の病は酒よりこそおこれ」という言葉もあるとおり、アルコールをたくさん飲める人でも、一日に適度の飲酒量が望ましいということです。

     

    三多(さんた)とは、多動(身体をより動かす)、多休(しっかり身体を休める)、多接(人や物や出来事に接する)を掲げています。

     

    1日に20分の歩行を2回。体操・筋力トレーニングを各10分 身体を活発に動かすことは、健康づくりに欠かせません。まずはよく歩くことが大切です。日常生活の活動量を増やして身体活動を高めましょう。

     

    ・(多接の勧め)とは、多くの人と交流し、さまざまな物、事柄に興味をもち、接することで創造的な生活を送りましょう。

     

    ・趣味や目的をもって生活している人は、何歳になっても生き生きしているものです。

     

    ・本当に、「一無二少三多」の記念日は、共感出来る記念日では、ないでしょうか。

    日本初の白熱電灯が灯った日

     

    1,887年(明治20年)122は、藤岡市助(ふじおか いちすけ)が研究を重ねた末に白熱電球を完成させて東京の鹿鳴館で白熱電灯をともした日です。

     

    ・藤岡市助は、日本の工学者で実業家。日本に電気、電球灯の普及させたところに功績が大きく、「日本のエジソン」、「電力の父」と評されています。

     

    ・エジソンが白熱電球の改良に成功してから数年後、日本では初の電力会社「東京電燈」(東京電力株式会社の前身)が設立されました。

     

    ・藤岡市助は、その「東京電燈」設立にあたり、発起人の一人になっただけでなく、白熱電球を量産化に貢献し、国内電気産業を隆盛化しました。

     

    ・まずは発電機の設置から日本の電化は始まりました。こうして発電機によって電気の有用性を宣伝しつつ、ついに明治197月、日本初の電力会社東京電灯が開業しました。

     

    ・この会社が移動式発電機を使って白熱電球に点灯し最初に点灯させたのは、明治20122の鹿鳴館でした。


    初大師・初弘法(121日 年中行事)

     

    1月21日は、真言宗の開祖である弘法大師空海の入寂の日です。

     

    弘法大師(空海)の忌日が321日であることから、真言宗各寺院では毎月21日を縁日としています。

     

    121日は新年最初の縁日ということで、「初大師」や「初弘法」ともいいます。

     

    ・毎月21日に大師参りと称して大師堂に参拝します。

     

    ・関東では厄除け大師で知られる神奈川の川崎大師、関西では京都の東寺、東京の西新井大師が全国的に有名です。

     

    ・「大師」とは、朝廷から高僧に対してその死後に贈られる(おくりな)のことです。

     

    ・真言宗では空海が最初に「弘法大師」と、最初に大師を贈られました。

     

    ・日本天台宗の開祖最澄と共に、日本仏教の大勢が、奈良仏教から平安仏教へと、転換していく流れの冒頭に位置し、中国より真言密教をもたらしました。

     

    ・能書家としても知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられています。

     

    ・「弘法大師」という御名前は、空海が即身仏となられた後、醍醐天皇から贈られた諡のことです。



    今日120日は、アメリカ大統領就任式が実施される日

     
    ・西暦年が4で割り切れる年にアメリカ合衆国大統領選挙一般投票が実施されます。その翌年の今日120日に大統領就任式が実施されます。

     1937年以降は、アメリカ合衆国憲法修正20条により、大統領の任期は120日の正午に終了することとされており、その瞬間から次の大統領の任期が始まります。

     

    ・アメリカ合衆国大統領はその職務を執行する前に「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽して合衆国憲法を維持、保護、擁護すること」を誓うのが慣例です。

     

    ・大統領の宣誓はアメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のアメリカ合衆国議会議事堂前で、新大統領の任期開始時刻と合わせて行われます。

    ・就任式当日は米国の祝日となります。

     

    ・近年の歴代大統領の就任式(120日)が行われた年は以下の通りです。

     

    ・第41代 ジョージ・HW・ブッシュ大統領:1989年(平成元年)

     

    ・第42代 ビル・クリントン大統領:1993年(平成5年)、1997年(平成9年)

     

    ・第43代 ジョージ・W・ブッシュ大統領:2001年(平成13年)、2005年(平成17年)

     

    ・第44代 バラク・オバマ大統領:2009年(平成21年)、2013年(平成25年)

     

    ・第45代 ドナルド・トランプ大統領:2017年(平成29年)


    今日119日は、田部井淳子が、南極大陸の最高峰に到達した日

    1991119、今日は、日本の女性登山家の一行が、標高4,892メートルの南極大陸の最高峰ビンソンマシフの登頂に成功した日です。

     

    ・女性として世界で初めて世界最高峰エベレストおよび七大陸最高峰への登頂に成功したことで知られました。

     

    ・田部井氏は、1,975年に35歳で、女性初となるエベレスト登頂に成功しました。

     

    ・その後、キリマンジャロ、アコンカグア、マッキンリーと、各大陸の最高峰を制覇してきました。

     

    ・この日119で、5大陸最高峰制覇を達成しました。

     

    ・その後、1,992年には、カルステンツ.・ピラミッド、エルブルース西峰の登頂に成功し、女性初の7大陸最高峰制覇をなしとげました。

     

    ・ご自分が求める登山ではスポンサーなどによる資金を得ずに、ご自身でお金を支払っていること、ガイド資格などを所持していないことから「登山家が自分の仕事かと言うと、そうではないと思う」と、記者のインタビューで答えています。

     

     



    今日118日は、118番の日

    ・今日118は、海上保安庁が2011(平成23)年から実施しています118番の日です。

    ・何故118日が、「118番の日」なのかというと、118日の「1」と「18」の数字の並びが、海上保安庁への緊急通報用電話「118番」と同じであることが由来となっています。

     

    ・海上保安庁によりますと、118日を「海での事件や事故の重要性を理解してもらい、海の安全確保に役立てる」ことを目的として、緊急通報用電話番号118の知名度向上のため、2011118日より海上保安庁が制定しました。

     

    ・この日には海上保安庁への緊急通報用電話番号「118番」を広く知ってもらうための活動が行われています。

     

    ・海上でのSOSに、電話による緊急番号118番があります。


    ・ 海上保安庁は、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号として、警察の110番や消防の119番のように覚えやすい局番なし3桁電話番号「118番」の運用を開始しています。

     

    118番とは、日本における海上での事件・事故の緊急通報用電話番号です。

     

    ・緊急通報用電話番号とは、犯罪事案発生時や災害発生などの緊急時に、当地の警察や消防などの緊急対応機関に通報するための電話番号で、国によってその番号は異なります。

     

    ・船舶電話からは海上保安庁運用司令センター、船舶電話以外の電話(一般加入電話、公衆電話、携帯電話、PHS)からは全国11ヵ所の各管区海上保安本部に接続されます。


    今日117日は、阪神・淡路大地震が起きた日

    1995117日の午前546分、兵庫県の淡路島北部を震源とするマグニチュード7.2の地震が発生しました。

    ・神戸市や芦屋市などでは、観測史上初の震度7を記録しました。

    ・震源の深さが浅く、都市を直撃したため電気や水道、ガス、交通網などが寸断し、死者・行方不明者は、6,473人。

    ・住宅も約25万棟が全半壊、家屋の倒壊、火災によって、とても大きな被害となりました。

    ・この地震を教訓に、建物の耐震化を進める法律が制定されました。

    ・政府や行政の対応の被害の対応遅れが批判された一方、学生を中心としたボランティア活動が活発化して、「日本のボランティア元年」といわれました。

    ・この大震災を機に、ボランティア活動への認識を深め、災害に対する備えの充実強化を図る目的で、閣議決定にて「防災とボランティアの日」が制定されました。

    ・例年115日~21日は「防災とボランティア週間」となっています。

    ・また、兵庫県は117日を「ひょうご安全の日」として独自の記念日を制定しています。


    今日116日は、ペリーが再び横浜に来航した日

    1854年の今日、116、アメリカの東インド艦隊司令長官のペリー率いる、9隻の軍艦が横浜村に再来航しました。

    ・ペリーは、前年に、江戸幕府に開国を求める親書を渡していました。


    2度目の来航の目的は、アメリカとの貿易を認めさせるものでしたが、幕府はなかなか受け入れません。

    1か月半に及ぶ会談の末、ようやく「日米和親条約」が締結されました。

    ・これによって、200年に渡る鎖国制度が、幕を閉じました。

     

    黒船来航とは、前年の嘉永6年(1853年)63日に、代将マシュー・ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が、日本に来航した事件をいいます。

    ・艦隊は江戸湾入り口の横須賀市浦賀沖に停泊し、幕府はペリー一行の久里浜への上陸を認め、そこでフィルモア・アメリカ合衆国大統領国書が幕府に渡され、翌年の日米和親条約締結に至りました。

    ・日本では主に、この事件から明治維新までを「幕末」と呼んでいます。

    ・「泰平の眠りをさます上喜撰(じょうきせん)、たった四杯で夜も寝られず」

    という狂歌は、黒船の来航で人びとが夜も眠れぬほどの騒ぎだったことが詠まれています。

     

    ・ペリーは翌年の嘉永71854)年116、今度は、7隻の艦隊を率いて再び来航し、和親条約の締結を江戸幕府に迫ります。

     

    ・結局、幕府は同年33日に横浜村で12条の日米和親条約(神奈川条約)を締結しました。

    今日は、ハドソン川の軌跡

     

    ・現地時間20091月15日午後3時30分(日本時間1月16日午前5時30分)頃、米ニューヨーク・ラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズのエアバスA320型機が飛行不能となり、マンハッタン島の西側を流れるハドソン川の水面に不時着しました。

    ・乗客150人、乗員5人は機体から脱出、全員が救出されました。

    ・米連邦航空局は、エンジンが鳥を吸い込む「バードストライク」が原因とみて、調査に入りました。

    ・AP通信は救急隊員の話として、少なくとも78人が負傷したが、大半は軽傷だと伝えました。

    ・在ニューヨーク日本総領事館によると、堺商事(本社・大阪市)のニューヨーク現地法人に勤務する滝川裕己(ひろき)さん(43)と出口適(かなう)さん(36)の2人の日本人乗客が搭乗していましたが、幸い怪我はありませんでした。

     

    ・同機はノースカロライナ州シャーロット行きの1549便。ニューヨークは、事故当時の気温氷点下6・7度、水温4・4度でした。

     

    ・乗客の証言によると、離陸から数分後、機体に衝撃があり、エンジン部分から煙が上がりました。

    ・付近で鳥の群れが確認されており、左右両翼下のエンジンが吸い込み、停止したと見られました。

    ・ 機長はラガーディア空港に引き返すのは不可能と判断し、眼下のハドソン川に緊急着水しました。

    ・機体は前部が水面に浮き、後部がやや沈む傾斜状態。

    ・機内に浸水する中、乗客らは左右の非常口から脱出し、水面すれすれの主翼で救助を待ちました。

    ・着水現場に急行した米沿岸警備隊などの救助ボートが機体に横付けされ、救命胴衣を着けた乗客らが次々と乗り移りました。

    ・現場付近は、川幅約2キロで、着水地点は川岸から数百メートル。

    ・フェリーや水上タクシーも救助作業に参加しました。

    ・現場から数百メートル陸側には、ロックフェラーセンターなど高層ビル街があり、機体が陸上に墜落していれば大惨事となるところでした。

    ・また、事故発生から約1時間で救出作業が完了、米メディアは「乗員・乗客らの冷静で迅速な対応が奇跡的な全員救助につながった」と大々的に伝えています。

    ・機長がみせた究極のプロフェッショナリズムとボランティア精神による救助がもたらした「奇跡」は、金融危機で重苦しいムードが漂う米国の人々の心に希望の火をともしました。
     

    ・ マンハッタンの西側を流れるハドソン川に同機が不時着したのは、午後3時半すぎ。現場から東へ約12キロのラガーディア空港を3時26分に、ノースカロライナ州のシャーロット空港に向けて離陸した直後のことでした。

     

    ・機は鳥の群れに突っ込み左右のエンジンに鳥が吸い込まれる「バードストライク」で飛行できなくなったとみられました。

     
    ・元空軍パイロットで操縦歴40年以上のベテラン、チェスリー・サレンバーガー機長(当時57)は、ラガーディア空港へ戻るか、より近いニュージャージー州の空港への着陸を検討した。だが、最終的にハドソン川への着水を決断しました。

    ・タイムズスクエアに摩天楼。マンハッタンに突っ込めば大惨事になるところでした。

    ・機長は機首を上げ気味に着水を実施しました。

    ・着水はスムーズでした。しかし、川岸からわずか数百メートルの現場でした。

    機体は上半分を見せ水面に浮かび、乗客は両翼の上などで救助を待ちました。

     
    ・乗客には大阪市中央区の化学品専門商社「堺商事」の現地法人に勤める滝川裕己さん(43)と出口適さん(36)の2人も含まれていました。

    ・沿岸警備隊や、近くを航行していたフェリーなどに全員が救出、収容され、手当てを受けた乗客78人の大半は軽傷でした。
     

    ・「機長から『衝撃に備えてください』とのアナウンスがあった。


    ・機内では多くの人が祈っていました。

    ・管制官との交信の際も機長は終始冷静だったといいます。

    ・ある目撃者は「非常に制御された降下だった」と言いました。

     ・米運輸安全委員会は調査チームを事故現場に派遣し、原因究明に乗り出しました。

     ・「奇跡」は機長の冷静な対応と飛行技術に負うところが大きい。だが、それだけではありません。多くの救いの手が差し伸べられました。

     ・事故発生当時は日没前で明るく、機体はすぐに水没することなく1時間ほど浮いていた。その現場付近に、沿岸警備隊の巡視船やフェリーなどが多く航行していたことが幸いしました。

    ・救助に向かったフェリーなどは14隻。そのひとつ「トーマス・ジェファーソン号」が救助を始めると、翼の上に立ちすくむ乗客からは歓声が上がりました。

    ・水難救助は高い技術が必要だとされています。

    ・フェリーの乗員は救助訓練を定期的に受けており、迅速な対応がとれたといいます。

    ・不時着水から救助まで約40分間。この日のニューヨークの気温はマイナス8度でした。

    ・この事件は、後日「ハドソン川の軌跡」として、上映されましたが、事件は瞬く間にアメリカ全土に広がり、機長は、英雄視されています。


      今日114日は、成人の日


    ・今日114日は、「大人になったことを自覚し、自から生き抜こうとする青年を祝い励ます」ことを趣旨として制定された国民の祝日の日をいいます。

     

    ・成人式(せいじんしき)とは、成人式を行う年度内に満20歳となる人々を学齢ごとに各日本の地方公共団体ごとに1月第2月曜日(成人の日)に自主的に招き、激励・祝福する行事をいいます。

     

    1,9487月公布・施行の祝日法によって制定され、1,999年までは115日でした。

     

    ・それ以降、ほとんどの地方で成人式はこの日に行われるようになりました。

     

    ・この日114日の成人式は、小正月で、かつて元服の儀が行われていたことに由来します。

     

    2,000(平成12)年から1月第2月曜日に変更されました。

     

     

    ・日本政府の主催ではなく、各地方自治体が自主的に行っているため、満20歳の学齢方式はどこも同じですが成人の日以外に主催する自治体も存在します。

     

    ・その後、1,998年(平成10年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)に伴って、2,000年(平成12年)より、成人の日は1月第2月曜日へ移動しています。

    今日113日は、咸臨丸 出航記念日

     

    ・今日13日は、1,8601月13日、勝海舟や福澤諭吉らを乗せた軍艦「咸臨丸」が、江戸幕府の遣米使節として品川沖を出航しました出航記念日です。

     

    ・全長163フィートの木造で3本のマストを持つ蒸気機関を備えた船です。

     

    1857年 江戸幕府がオランダに発注・購入した軍艦で、原名ヤパン号です。

     

    ・福沢諭吉が海外渡航をしたことから、西欧の事情を肌で感じ、「学問のすすめ」を始めとした著書を出すことになったといえます。

     

    ・ 軍艦「咸臨丸」は洋式の軍艦としては、洋式のスクリューを装備する船としては初の軍艦でした。

     

    ・軍艦「咸臨丸」は、幕府の船として初めて太平洋を往復したことから名を知られています。

     

    ・幕府の練習艦として用いられた後、戊辰戦争に参加するものの、軍艦としての機能は他艦に劣り、運送船の役割を担っていた咸臨丸は新政府軍によって拿捕されました。

     

    ・明治政府に接収された後、開拓使の輸送船となりました。

     

    ・福沢諭吉の渡米は、このときに「奉行従者」という身分で咸臨丸に乗船していました。

     

    ・その時に同行した通訳がジョン・万次郎、本名中濱萬次郎でした。

     

    ・万次郎は土佐の半農半漁の家に生まれ、14歳の時に漁の途中で遭難しました。

     

    ・伊豆諸島の無人島鳥島に漂着し、143日間の生活をしていましたがアメリカの捕鯨船に救助され、そのままアメリカに向かいました。

     

    ・ 勝海舟と福沢諭吉は、咸臨丸では呉越同舟でした。

    今日112日は、桜島大正大噴火の日

     

    1914(大正3)年、鹿児島県の桜島で、史上最大の大噴火が始まりました。

     

    35人の死者を出し、流出した熔岩によって対岸の大隅半島と地続きになりました。
     

    ・大正3112日、桜島が大爆発を起こし、噴出した溶岩流により大隅半島と陸続きとなりました。

     
     ・全長1kmに及ぶ溶岩遊歩道の途中にある有村溶岩展望所は、大正3年の大爆発で流出した溶岩原の小高い丘にあり、360度広がる眺めが望めます。

     

     ・桜島島内にあった腹五社神社の鳥居は、大正噴火後たった1日のうちに軽石や火山灰に埋め尽くされ、高さ3mの鳥居が、今では笠木部分の1mを地上に見せるのみとなっています。

     

    ・また、桜島の西海岸では沖合にあった烏島が溶岩流に飲み込まれ、今では大正溶岩の岩海上の展望台になっています。

     

     

    ・大正3年の噴火で噴出した溶岩の量は約30億トンと推測され、桜島の面積の3分の1を覆い、桜島は陸続きになりました。

     

     

    112日午前、桜島南岳の西山腹と東山腹で大噴火が始まり、13日夜に溶岩流が発生。噴火と地震は1ヶ月も続きました。

     

     

    ・井戸の水位低下、有感地震の多発など、前兆もあったことから前日の111日午後には1時間に50回以上の地震が発生し、自主避難した島民もいましたが、半数以上の集落は、船で対岸の町村を目指し自主避難を行ないましたが、数千人が島に残り、鹿児島港に停泊していた汽船が救助に向かいました。

     

     

    ・大正3年の爆発当時、黒神、有村、古里などの集落があり、頂上付近にも小さな温泉場があったという桜島。

     

     

     ・桜島の当時の人口は21,000人もあったといいますが、現在は5,000人ほど、その被害の大きさがよくわかります。

     

     


    今日111日は、鏡開き

     

    ・お正月、年神様にそなえた鏡餅を、雑煮や汁粉にして食べ、一家円満を願いながらお雑煮やお汁粉にして食べる日です。

     

    ・また、年神様の霊力はお供えした鏡餅に宿っているので、鏡餅を食べることで新しい生命をいただくことができるわけなのです。

     

     

    ・武家社会の風習だったものが一般化しました。

     

    ・鏡餅を刃物で切るのは切腹を連想されるために敬遠され、手や木づちで割ったり、砕いたりします。また、「切る」という言葉をさけて、「開く」という縁起の良い言葉を使っています。

     

    ・また鏡餅の名前は、日本に伝わる三つの宝、三種の神器に出てくるカガミの形に似ていることから名付けられました。鏡餅には、宝が家にやって来るようにとの意味が込められています。


    ・地方によって日が違い、京都では4日に、ほかに20日に行う地方もあります。

     

    ・また、割った鏡餅の開き方で占いをする地域もあり、「鏡餅の割れが多ければその年は豊作」といわれています。

     

    ・111日は、お供えした餅に宿った年神様の霊力をいただく、鏡開きの日。


     

    十日戎

     

    ・七福神の一柱である戎えびす神を祀る神社の祭礼を言います。

     

    ・主に西日本地域で行われており、商売繁盛を願って多くの人々が参拝し、縁起物を飾った笹や熊手を授かるなど、祭り行事は各神社で数日間行われています。

     

    ・特に、大阪市の今宮神社では、お賽銭に大金が飛び交うなど、毎年100万人以上の参拝者が訪れ、十日戎で最も大きな賑わいを見せています。

     

    ・兵庫県の西宮神社などのえびす神社で正月の10日に行われるお祭りで、地元の人には「えべっさん」と呼ばれ親しまれています。

     

    ・縁起物を沢山つけた笹が「商売繁盛、笹持ってこい!」という賑やかな掛け声とともに売られ、商売繁盛を願ってお賽銭が乱れ飛びます。

     

    ・ちなみに、「笹を持って来れば商売繁昌させます」もしくは、「商売繁昌したら、また戻ってきなさい」の意味だそうです。


    今日19日は、明治天皇が即位された日

     

    186719、孝明天皇の崩御に伴って第122代天皇として、明治天皇が即位されました。

     

    ・この10カ月後に将軍徳川慶喜が大政奉還を朝廷に申し出ました。

     

    ・王政復古が実現されて明治政府が樹立しました。

     

    ・元号は、江戸から明治に改められ、明治天皇は、京都御所から東京の江戸城を皇居とされました。

     

    ・大日本帝国憲法や国会開設などを通じて、天皇を頂点とする近代天皇制国家を確立しました。

     

     

    1968年の今日19日、アラブ石油輸出国機構(OAPEC)が結成された

     

    ・1960年に結成された、世界の産油国の協力機構。略称がOPEC(オペック)。

     

    ・バグダードで結成された、イラク、イラン、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラ(中米の産油国)の産油5ヵ国による原油価格に関する国際カルテル組織。

     

    ・同年、国際石油資本であるいわゆるメジャーズが原油の公示価格を一方的に引き下げたことに反発した産油国は、サウジアラビアのタリキ石油資源局長を中心に結束し、産油国の利益を守るために油種具国機構を結成した。


    ・イランとベネズエラは非アラブ諸国である。後にカタール・インドネシア・リビア・アラブ首長国連邦・アルジェリア・ナイジェリアが加盟して11ヵ国となる。本部はウィーンにある。

     

    ・1968(昭和43年)にはこの中から、アラブ諸国のみでアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が19結成された。

     

     

    OAPECはアラブ系産油国のみで構成された産油国の国際機関です。


    OPECはアラブ系産油国以外の産油国も加盟する国際機関です。


    OAPEC1968年に以下のような事情から創設されました。


    OAPEC創設当時の状況は、1967年の第3次中東戦争の際、OPECのアラブ系産油国はイスラエルを支援したという理由でアメリカ、イギリス、西ドイツ(当時)への石油輸出を禁止しました。


    ・しかしイラン、ベネズエラなどアラブ系以外の産油国がこれらの国々への石油輸出量を増やしたため、アラブ系産油国は独自の機関の必要性に迫られ、1968
    19OAPECが新たに結成されることになりました。
    (原加盟国=サウジアラビア、クウェート、リビアの3カ国。本部はクウェート)


    OPECには1967年当時も多くのアラブ系産油国が加盟していましたが、加盟国の中にはアラブ系でない産油国も複数存在していたのです。


    ・1973年の第4次中東戦争の際には、OAPECの原油輸出禁止措置と連動して原油価格の大幅引き上げを決定するという石油戦略をとり、欧米・日本に第1次石油危機(オイルショック)をもたらした。


    ・またそれ以降は、原油価格の決定権は、かつての国際石油資本(メジャーズ)の手から離れ、完全にOPECが掌握することとなっています。

    今日18日は、「平成改元の日」

     

    1989(昭和64)17日の昭和天皇崩御を受けて、同年18日に皇太子明仁親王が天皇に即位されました。

     

    ・新天皇の即位に伴い、元号が「平成」と改められ18から施行されました。

     

    ・「平成」元号は、「大化」以来、247番目の元号で、「史記」 から「内平らかに外成る」
    「書経」から「地平らかに天成る」の言葉から「平」と「成」の字が選ばれました。

     

    ・また、「国の内外にも天地にも平和が達成される」との意味があります。


     

    ・国産初の人工衛星「さきがけ」を打ち上げ

     

    1985(昭和60)18に、鹿児島宇宙空間観測所からM-3SIIロケット1号機を日本の宇宙科学研究所が初めて惑星間空間探査機(人工惑星)の打ち上げに成功しました。

     

    ・惑星間空間探査機(人工惑星)は「さきがけ」と名付けられ、ハレー彗星の探査などを主な目的とした試験探査機として打ち上げられました。

     

    ・また、新たに改良された M-3SIIロケットの内部機器の性能確認、深宇宙探査技術の習得など、「さきがけ」がもたらした様々な結果は、日本の宇宙開発技術の発展に大きな足跡を残しました。

     

     


    本日1月7日は、昭和天皇が崩御された日

    ・1989年1月7日は、昭和天皇が崩御された日です。

    ・昭和天皇は124代天皇として約62年在位され、歴代在位最長を記録されました。

    ・昭和天皇は、第二次世界大戦と敗戦、連合国軍による占領を経験なされ、戦後は天皇の神格化を否定なさる「人間宣言」を発表されました。

    ・天皇の地位は新憲法では国民統合の象徴と定められています。

    ・昭和天皇が崩御され、皇太子明仁親王が即位され新元号は「平成」と改められました。

    ・今日16日は、中央省庁再編統合の日です。

     

    中央省庁再編は、日本の政治において、森喜朗内閣総理大臣の自公保連立政権(自由民主党、公明党、保守新党)下の2001年(平成13年)16に施行された中央省庁の再編統合を指します。

     

    ・中央省庁再編統合は、イギリス・サッチャー政権の行政改革をモデルとして、橋本政権が構想を示しました。

     

    ・中央省庁再編の目的は、「縦割り行政による弊害をなくし、内閣機能の強化、事務および事業の減量、効率化すること」などが挙げられました。

     

    ・第一に、首相のリーダシップを強化しようというのが省庁再編の大きな目的でした。この目的から、内閣府が新たに設置されました。

     

     

    ・さらに、内閣府の中心機関として、経済財政諮問会議が設けられました。

     

    ・これは、予算や税制の問題を討議する場の確保であり、首相が主導して予算編成や経済政策立案にあたれるようにすることでした。

     

    ・第二に、国家公務員の総定員を10年間で10%削減するなど、行政のスリム化も目指していました。

     

    ・例えば、国立の大学や博物館を「独立行政法人」に移行させる。これによって、総人員の削減を目指しました。

     

    ・法令および政府の公文書においては「中央省庁再編」でなく「中央省庁等改革」という表記が正式なものとして用いられています。

     

    ・従って、中央省庁の再編統合で、122省庁は、112省庁に再編されました。

     

    ・戦後初の本格的な省庁再編で、政治主導の政策決定を旗印に縦割り行政の弊害を排し、組織をスリム化する狙いがありました。

     

    ・しかし、この中央省庁再編で、目的である縦割り行政の弊害はなくならなかったため、その後は消費者庁の新設など、各省庁を総合的に調整する組織が作られました。

     

    いちごの日

     

    ・今日は、15のいちごの日でもあります。

     

    ・いちごといっても果物のいちご(ストロベリー)ではなく、15歳という世代を表現した「いちご族」を意味するもので「いち(1)ご(5)」の語呂合せです。

     

    ・高校受験を間近にして人生の転機のひとつを迎えたこの世代にエールを送る日でもあります。

     

    ・「いちごの日」は、15歳という世代を表した「いちご族」を意味します。

     

    ・高校受験を間近に控えた15歳の学生にエールを送る日。

     

    ・ちなみに、果物の「いちご(苺)の日」は115日となっています。

     

    ・ホームセキュリティの日


    ・「ホームセキュリティの日」はセコム株式会社が、1981年(昭和56年)1月5日に、一般家庭向け警備システム「ホームセキュリティシステム」の発売を開始しました。

     

    「ホームセキュリティシステム」は、2014年(平成26年)6月に契約数が100万軒を突破しました。

     

    ・セコム株式会社は、「ホームセキュリティシステム」発売開始日の1月5を一般家庭向け警備システム「ホームセキュリティの日」と制定しました。

     

    ・この記念すべき日を通して、家庭の「安全・安心」を見直してもらうのが目的でした。

     

    ・同社は、1962(昭和37)年に日本初の警備保障会社として創業して以来、主に企業や会社を対象とした警備システムサービスを提供していました。

     

    ・年々増加傾向にあった空き巣や押し入り強盗被害を防ぐために、日本ではまだ珍しかった一般家庭警備システムの提供を開始しました。

     

    ・ホームセキュリティシステムのサービス開始後、加入者は増え続けており、近年ではマンションやアパートにもサービスが拡大され、防犯基準の目安にまでなっています。

    ・今日14日は、官公庁で御用始めの日です。証券取引所では、2019年の大発会の日です。

     

    2018年の日経平均株価は、大発会で741円上昇のご祝儀相場となり、良いスタートとなりました。

     

    ・はたして、2019年の日経平均株価の行方はどうなるのでしょうか。

     

    14日の最初の立会である「大発会」が2019年の相場見通しを占う機会になるのは間違いなさそうです。

     

    ・戌(いぬ)年が終わり、亥(いのしし)年の2019年。

     

    ・昨年、戌年の相場格言は「戌笑う」。今年、亥年の相場格言は「亥固まる」です。

     

    ・格言通りならば「亥固まる」となります。

     

    ・「亥固まる」というのは、凍り付くという意味の固まるではなく、前年の流れを押し固めるという意味合いの言葉です。

     

    2018年の株式相場は、大発会で、株価上昇を果たし、2月に急落があったものの9月の終わりにかけて日経平均は大幅上昇を続けました。

     

    ・しかし、10月以降は株価の急落などが見られ、相場は下落傾向となってしまいました。

     

    ・今日の大発会では格言を打ち破り、大商いのご祝儀相場となってほしいものです。

     

    2019年は何と言っても「改元」の年です。

     

    ・平成最後の年でもあり、本年41日には新しい元号の発表もある年です。

     

    ・株式投資の世界は縁起を担ぐことも多い世界ですので、大発会の日経平均株価がご祝儀相場で上昇することは期待出来ることと思われます。

     

    ・亥年だけに猪突猛進で株価上昇へと突き進んでいってほしいものです。

     

    ・本年2019年は新天皇即位などの多幸の1年になることが予想されます。

     

    ・そんな中で景気が刺激され、株価が上昇していくようになることを心から願います。

     


    ・今日13は、アップルコンピュータ社の設立日

    ・アメリカ・カリフォルニアのコンピュータサークルで、自家製コンピュータの開発を行っていたスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックは、既に市場に出ていたコンピュータ基盤をより安価で簡易に制作することに成功しました。

     

    1976(昭和51)年には、2人が共同で作った初めての自作パソコン「Apple I」が徐々にヒットしていき、大量生産に踏み切ることに成功しました。

     

    ・個人投資家のマイク・マークラを引き入れ、3人で、1977(昭和52)13、「Apple Computer」を設立しました。

     

    その後、紆余曲折ありながらも、PCだけに留まらないデジタル技術を駆使した進歩的な新商品を次々と発表し続ける大企業となっています。

     

     

    195913にアラスカ州成立

     

    ・アラスカ州は、アメリカ合衆国最北端にある州です。

     

    ・アリューシャン列島を含む。北アメリカ大陸北西の端にあり、合衆国本土とはカナダを挟んで飛地になっています。

     

    ・アメリカ合衆国の州の中では面積最大であり、東はカナダ、北は北極海、西と南は太平洋と接し、西のベーリング海を隔ててロシアとも海上の国境があります。

     

    2010年の国勢調査による人口は710,231人であり、その約半分はアンカレッジ都市圏に住んでいます。

     

    ・州都はジュノー市で、最大都市はアンカレッジ市です。

     

    ・海港アンカレッジはかつてアジアとアメリカおよびヨーロッパを結ぶ航空路線の寄港地として知られました。

     

    ・アメリカ合衆国の州の中では人口密度が最小の州でもあります。

     

    ・アラスカは1867330日に、ロシア帝国からアメリカ合衆国が買収しました。

     

    ・その後、1912511日にアラスカ準州、195913にアラスカ州となりました。


    ・今日12日は、皇居で「一般参賀」が行なわれます。

     

    ・今日12には皇居で「一般参賀」が行なわれます。

     

    ・御退位発表後に行なわれた2018年の一般参賀では早朝から皇居に長蛇の列ができ、平成に入って最多の126720人が参賀しました。

     

    ・平成最後の一般参賀となる2019年1月2日は更なる人出が見込まれています。

     

     

    ・今日12日は、「月ロケットの日」です。

     

    ・人類初の月探査ロケット「ルナ1号」の打ち上げに成功した12日は、「月ロケットの日」として世界初の月探査ロケットが打ち上げ成功の日で、「月ロケットの日」と制定されています。

     

    1959(昭和34)12、当時のソ連が世界初となる月探査ロケット「ルナ1号」の打ち上げに成功しました。

     

    ・当初の計画では、月面着陸を計画していたものの、月から約6,500kmの所を通過し月面を観測した後、太陽の周囲を回る軌道に入ったことで、初の人工惑星となりました。

     

    ・当初の計画は失敗に終わりましたが、ソ連が月を超える軌道に人工物を送り込むロケット技術を擁する事が実証された意義はとても大きかったです。

     

    ・その後2月に打ち上げられたルナ2号は月に命中し、ルナ3号は月の裏側の撮影に成功しました。

     

    1966(昭和41)1月に打ち上げられたルナ9号では、初めて月面軟着陸に成功しています。

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