今日は何の日

「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    1886713日は、日本標準時刻制定」発表日

    1886(明治19)年712日に、兵庫県明石市を通る東経135度の子午線を日本標準時と定め、全国の時間統一が決定しました。

    1888(明治21)年の11日より、これを実施するとの勅令が出され、翌日の713日に国民に知らされました。

    ・日本の時刻制度は、江戸時代までは、各地の地方時で行われていましたが、明治時代になって明石時刻を、日本標準時として定めました。これによって兵庫県明石市の正午が全国どこでも正午となりました。

    1884年のアメリカのワシントンで開催された国際子午線会議の決定を受けて、地球は、1360度を24時間で回るので、経度15度おきに、1時間ずつの誤差が生じますので、15度の9倍の東経135度の子午線が兵庫県明石市を通る東経135度の子午線を日本標準時と定め、全国の時間統一が決定しました。

    ・国際子午線会議では、イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線を、世界中の経度と時刻の基準とする本初子午線として、そこから経度が15度へだたるごとに1時間ずつ時差を持つ時刻を、世界の各国が使用することを決議したのです。これを経帯時といい、世界中に24の経帯時ができることになりました。

    ・明石の子午線標識は、明石市立天文科学館北にあるトンボの標識ですが、明石市教育委員会が御大典記念事業として、子午線標識を正確な位置を建てかえることを計画し、1930(昭和5)年に建造されました。

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    1984712日は、ひかわ銅剣の日」

    1984(昭和59)712日は、島根県出雲市斐川町の荒神谷遺跡から弥生時代の銅剣が発見され、その数は、全国の出土品のうち最多の358本に達しました。

    ・その全てが、「島根県荒神谷遺跡出土品」として国宝に指定されたことから、斐川町が、記念日に制定しました。記念日の名称は、全国から公募で選ばれました。

    ・この遺跡では、銅矛、銅鐸も発見されました。また遺跡から西へ3キロメートルの山あいから同時代の集落跡も発見されています。

    ・これらの出土した青銅器は、祭祀に使われたものと見られています。これらの出土品は、現在全て「島根県立古代出雲歴史博物館」に常設展示されています。

    ・この間のいきさつは、1983(昭和58)年の広域農道の出雲ロマン街道建設にともなう遺跡調査が行われた際に調査員が田んぼのあぜ道で古墳時代の土器の破片を発見したことから付近の発掘が開始されました。

    ・この遺跡の南側に「三宝荒神」が祭られている事から荒神谷遺跡と命名され、翌1984(昭和59)年に谷あいの斜面を発掘調査したところ358本の銅剣が出土しました。

    ・荒神谷遺跡で大量の銅剣、それに銅矛や銅鐸までもが見つかったことから、出雲地方にも強い勢力をもつ国があったと考えられるようになりました。

    ・銅剣は1985(昭和60)年、銅鐸・銅矛は1987(昭和62)年に国の重要文化財に指定されていましたが、1998(平成10)年に一括して「島根県荒神谷遺跡出土品」として国宝に指定されました。

    ・このことから、大量の銅剣が発見された712日を記念して、斐川町では2000(平成12)年から、この日を「ひかわ銅剣の日」と定めました。

    ・遺跡自体は1987(昭和62)年に国の史跡に指定されていましたが、斐川町が中心となり1995(平成7)年に遺跡一帯に「荒神谷史跡公園」が整備され、2005(平成17)年には公園内に「荒神谷博物館」が開館し、出土品の期間展示などが行われています。現在、出土品は文化庁が所蔵し、2007(平成19)年3月に出雲市大社町に開館した「島根県立古代出雲歴史博物館」に保管され、常設展示されています。

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    1893711日は、真珠記念日」制定

    1893(明治26)711日は、御木本幸吉夫妻、三重県鳥羽の英虞湾で、世界で初めて真珠の養殖に成功したことを記念して、記念日を制定しました。

    ・昔から全世界の女性の心をつかみ続ける真珠。それまで成功したことがなかった真珠の養殖に世界で初めて成功し、一部の富裕層しか身につけることのできなかった真珠がより身近な装飾品となりました。

    ・御木本幸吉夫妻が真珠の養殖に成功したのは、箕作佳吉動物学者の協力を得て、夫婦で英虞湾の無人島で養殖場を始めました。そして、養殖を始めてから3年目の1893(明治26)年養殖所を開設してから3年目のことでした。

    ・御木本幸吉夫妻の苦労の末に、半円形ながら養殖真珠が世界で初めて獲れました。円形の真珠は、1905年に初めて完成しました。

    ・特許を取得して、以来、世界各国に輸出して、「世界の真珠王」と言われました。

    それまでは、高価な天然の真珠しかなかったので、養殖で、真珠の量産体制は、画期的なことでした。

    ・現在では、アコヤ貝の体内に、外とう膜の小片とともに貝殻で作った核を埋め込み、核のまわりに真珠質を分泌させて作って真珠を作っています。

    ・御木本幸吉夫妻が真珠の養殖を行った伊勢志摩では20165月にサミットが開催され、世界の主要国の首脳が集まって国際問題について意見交換を行いました。開催地の選定に際しては、日本の美しい自然をアピールできるという点も考慮されました。

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    1948710日は、「国土建設記念日」制定

    1948(昭和23)710日は、建設院が省に昇格して建設省となったことを記念して、1949年に記念日として制定されました。

    ・国土交通省は、国土の総合的かつ体系的な利用、開発および保全、そのための社会資本の整合的な整備、交通政策の推進、気象業務の発展並びに海上の安全および治安の確保などを担う官庁です。

    ・中央省庁等改革の一環として、2001(平成13)年16日に、旧4省庁(北海道開発庁、国土庁、運輸及び建設省)を母体として設置されました。より良い行政サービスの提供を目指し、総合的な国土交通政策を展開していくことを目的としています。記念日も710日から716日に移行しました。

    ・「国土交通Day」記念日は、国土交通省の発足した2001(平成13)年から実施されています。これは国土交通省設置法が公布された日(1999(平成11)年716日)を記念しています。

    ・国土建設の大切さと関心を高めるために、毎年「国土建設週間」710日から716日が設けられ、国土建設に労のあった関係者の表彰や水防演習、建設機械のパレードなどがおこなわれます。週間中の1日は、河川美化運動にあてられています。

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    195579日は、「科学者が平和をアピール」

    1955(昭和30)79日は、イギリスのバートランド・ラッセル哲学者やアメリカ在中のアインシュタイン物理学者、日本の湯川秀樹物理学者ら11人の世界的学者が、「核による人類絶滅の危機アピール」に署名し、核保有国6か国に、核兵器禁止を訴えました。

    1954年のビキニ環礁でのアメリカの水爆実験の成功に衝撃を受けたバートランド・ラッセル哲学者は、科学者が国際会議を開いて核兵器の危険性を検討して、世界に訴えるべきだと考えて、アインシュタイン物理学者に相談して、その同意を得て、早速草案を書き上げて、アインシュタイン物理学者に送りました。

    1955年のこの日、日本の湯川秀樹物理学者などノーベル賞を受賞した11名の科学者が署名したこの宣言書は、バートランド・ラッセル哲学者らによって、イギリスのロンドンでの記者会見で発表されました。

    ・この宣言の直前に亡くなったアインシュタイン物理学者が「人類に放った遺言状」となりました。

    ・この宣言は、「国家の一員としてではなくヒトという種の一員として」に立場で、核兵器による人類絶滅の危機克服のため、各国政府に核兵器の廃棄と,あらゆる紛争解決のための平和的手段を見出すべきことを説きました。

    1957年以来続けられている科学者達のパグウォッシュ会議の「科学と国際問題に関する会議」は、この宣言から生まれました。

    ・パグウォッシュ会議、正式には「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」は、全ての核兵器およびすべての戦争の廃絶を訴える科学者による国際会議です。

    ・「次に起こる戦争は勝利に終わるのではなく、相互の全滅に終わる。」は、バートランド・ラッセル哲学者の名言です。

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    186978日は、「外務省記念日」

    1869(明治2)78日は、維新政府は、諸外国との折衝が急務であったため、外務省を創設しました。1959(昭和34)年からは、この日を記念日にしています。

    ・外務省は、改称せずに現存する日本最古の行政機関です。外務省では旧暦の78日をもって外務省記念日としています。  

    ・最初の日本大使館は、1905122日に在イギリス公使館が昇格して大使館となったのが最初です。初代駐英大使に任命されたのは林董 駐英大使です。

    ・外務省敷地内に建てられている陸奥宗光外相の像の建立の由来は、日清戦争や条約改正といった難局に、外相として立ち向かった陸奥宗光 外相の業績を記念して、各界の基金により1907年に外務省内に銅像が建立されました。その後、同外相の没後70周年に当たる1966(昭和41)年に新たに再建されました。

    ・外務省は、毎年の外務省記念日に、外交に貢献のあった方々への外務大臣表彰式や永年勤続退職の職員に対する表彰を実施してきていますが、これらに加え、毎年の外務省記念日の機会に、職員一同がこの「顕彰の像」に込められた意義を再確認するとともに、様々な労苦を捧げ亡くなられた方々に対する敬意をこの像の前で新たにしていきたいという意思の下、職員一同で黙祷を捧げています。

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    199677日は、「川の日」

    1996(平成8)77日は、国土交通省が「川の日」を記念日として制定しました。

    ・国土交通省が、7月7日を「川の日」と制定した理由は以下の三つです。

     (一) 7月7日は七夕伝説の「天の川」のイメージがあること

     (二) 7月が河川愛護月間であること

     (三) 季節的に水に親しみやすいこと

    ・国土交通省が、「川の日」を定めた趣旨は、以下の通りです。

     (一) 近年、都市の発展、治水事業の発展などを契機に、希薄化した人と河川との関係を見直し、河川に対する人々の関心を取り戻すこと

     (二)地域の良好な環境づくりなどについて流域の住民・自治体が一緒になって考え、取り組む、といった地域の活動を支援すること

    ・国土交通省が、実施する「川の日」のおもな活動は、次の通りです。

    (一)地方公共団体、川に関するNPO等に幅広く「川の日を」契機とした河川に関する諸活動の推進を呼びかける。

    (二)河川と国民との関わりとその歴史、河川の持つ魅力等について広く国民の理解と関心を深めるような各種行事、活動を実施する。

    ・国土交通省は、河川と国民との関わりとその歴史、河川の持つ魅力等について、広く国民の理解と関心を深めることにより、河川行政が地域住民等との連携・協調の下で展開されることを目的として、旧河川法及び砂防法の制定により確立された近代河川制度の100周年目にあたる平成8年度から77日を「川の日」として制定しました。

     

    ・牽牛と織姫が一年に一度、天の川で会える七夕を「川の日」としました。なかなかロマンティクな日ですね。

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    191276日は、「日本オリンピック初参加」

    1912(明治45)76日の第5回スウェーデンのストックホルムオリンピックの開会式に日本は、初参加しました。

    ・参加選手は28か国女性48名を含む2408名でした。14競技102種目が行われました。

    ・開会式は76日に行われましたが、この大会で日本がアジアの国で初めてオリンピックに参加しました。共に陸上競技で短距離の三島弥彦選手とマラソンの金栗四三選手の2名が出場しました。

    ・この大会が初のオリンピック参加となった日本でしたが、日本の入場行進時のプラカード表記がオリンピック史上、唯一「NIPPON」でした。以降のオリンピックは全ての大会で「JAPAN」という表記が使われています。

    1967321日、ストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典が開催されましたが、開催に当たって当時の記録を調べていたスウェーデンのオリンピック委員会が、陸上競技の男子マラソンにおいて金栗四三選手が、棄権の意思が運営者側に届いていなかったため競技中に失踪し行方不明となっていることに気付きました。

     

    ・このため、オリンピック委員会は金栗選手を記念式典でゴールさせることにし、金栗選手を式典に招待しました。

     

    ・招待を受けた金栗選手はストックホルムへ行き、競技場内に用意されたゴールテープを切りました。

     

    ・ゴールの瞬間、場内には「只今のタイムは548か月65時間32203、これをもちまして第5回ストックホルム大会は総ての競技を終了しました。」とのアナウンスが響きました。

     

    ・これは近代オリンピック史上最も長時間のマラソン競技記録であり、五輪全日程終了までの期間としても史上最長でした。今後も破られる事がないであろう不滅の金字塔となっており、金栗選手はゴール後のスピーチで「ここまで、長い道のりでした。この間に妻をめとり、子供6人と孫10人ができました。」とコメントしています。

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    197875日は、「農林水産省発足記念日」

    1978(昭和53)年75日は、従来の農林省を農林水産省と改称したことによります。その後、大規模な省庁再編があったものの、現在も同省の名前は農林水産省のままです。

    農林水産省設置法第3条によりますと、農林水産省は、「食料の安定供給の確保、農林水産業の発展、農林漁業者の福祉の増進、農山漁村及び中山間地域等の振興、農業の多面にわたる機能の発揮、森林の保続培養及び森林生産力の増進並びに水産資源の適切な保存及び管理を図ること」を任務とします。

    ・設置当初は、農林省という名称でしたが、200海里水域問題など種々の問題で水産行政の重要性が高まりつつあったため、197875日に現在の省名に改められました。

    ・旧来の日本の農業は、関税や補助金による保護や農作物の価格保証によって、国の農業政策に沿う穀物を生産するだけで一定の経営が保証されていました。しかしこのような農業政策撤廃を迫る国際的圧力が強まり、日本の世界貿易機関の加盟による農産物の貿易自由化などから、これらの保護は徐々に減り、日本の農業も国際市場における穀物価格の動向に直接影響を受けるようになってきています。

    ・最近では、海外での日本食ブームによって、2013年頃から堅調な農作物やその加工品の海外輸出が毎年増加しています。

    ・そして、令和元年5月に開催されたG20新潟農業大臣会合において、新潟市立高志中等教育学校が「持続可能な農業・食料分野に向けての提案」を行い、会合成功に大きく貢献しました。今後は、官民の協働がより、必要になると思われます。

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    177674日は、「アメリカ独立記念日」

    177674日は、アメリカ合衆国が本国の英国からの自由と独立を果たしました。

    ・当日、フィラデルフィア独立会堂において、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリン、ジョン・アダムスらによって、有名な「生命、自由、幸福の追求」を謳った独立宣言書が発表され、アメリカ合衆国が誕生しました。

     

    ・アメリカ合衆国の赤と白の13本の線は、独立当時の13州を意味し、星の数は、現在の州の数を表示しています。

     

    1773年、アメリカ合衆国での茶の販売をイギリス東インド会社に独占させるという、茶税法が、イギリスで出されました。これに反対して、アメリカ合衆国とイギリスの間で、争いが生じました。

     

    ・この事件をきっかけに、アメリカ合衆国は、13州が団結して、1775年に、アメリカ独立戦争が、イギリスとの間で発生しました。177674日は、戦いの最中で、アメリカ合衆国側が、「独立宣言」を発表した日です。

     

    ・その後に、アメリカ合衆国の独立を祝って、フランスから贈られたのが、ニューヨーク港入口にある「自由の女神像」です。

     

    ・以後、アメリカ合衆国では、この日を独立記念日として、自由を喜ぶ祝宴が、国を挙げて行われています。

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