今日は何の日

「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    1979723日、文月ふみの日」

    1979(昭和54)年の今日723日は、日本の旧郵政省が「ふみ」を「23」と語呂合わせして、もっと手紙を書こうとの趣旨で、「ふみの日」を記念日として創設しました。

    1975年度から毎月23日を「ふみの日」として、各地方別に手紙を書く運動を展開していましたが、1979年から国民的運動にするために、全国的な規模でキャンペーンを展開するようになりました。なお7月は日本では旧暦7月のことを文月という別称でよんでいたこと、そして23日は「ふみ」の語呂合わせにちなんだものです。

    ・この日には、さまざまなイベントが行われます。「文月のふみの日」には、手紙の楽しさ、手紙を受け取る嬉しさを通じて文字文化を継承する一助となるようにとの主旨から記念日に制定されました。

    ・毎年この日には、手紙を書くことを普及し啓発する運動が、全国的に展開されます。その一環として、発効される「ふみの日」切手は有名です。

    2018(平成30)年の「ふみの日にちなむ郵便切手」は、723日(月)に発売されました。62円郵便切手、82円郵便切手ともにシール式となっており、それぞれ310円、410円のシート単位で販売されました。手紙の温かさが伝わるよう、手彫りした消しゴムハンコを使用したデザインになっていました。切手シートは、名刺入れなどに入れて携帯しやすいよう、ミシン目に沿って2つ折りにすることが出来ました。

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    1899722日、著作権制度の日」

    1899(明治32)年の今日722日は、著作権制度が創設されました。同じ知的所有権でも、特許権なども含む工業所有権の制度より、14年遅れて認められました。

    ・著作権制度は、著作者や実演家などの権利を定め、著作物などの公正な利用を図ることで、権利を保護し、文化の発展に尽くすことを目的とします。

    1899(明治32)年7月22日に「著作権法」が制定され、著作権制度が創設されました。それまでは書籍についてのみ著作権が守られていましたがこの法律により全ての著作物についての著作権が適用されるようになりました。但し、工業製品等は除かれます。

    ・文化庁のウェブサイトによると、具体的には、小説、音楽、美術、映画、コンピュータプログラム等が、著作権法上、著作物の例示として挙げられています。

    ・その他、編集物で素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、編集著作物として保護されます。新聞、雑誌、百科事典等がこれに該当します。

    ・文化庁は、社会の変化や情報技術の発達普及等に対応した著作権制度の整備を行うため、文化審議会著作権分科会を設置し検討を行っています。

    ・また、文化庁は著作物の円滑な利用・流通を促進するための様々な施策を行うとともに、著作権に関する教育事業を実施しています。

    ・さらに,海外における海賊版対策や著作権に関する国際的なルール作りへの参画など,国際的な課題への対応も行っています。

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    1960721日、世界初の女性首相がセイロンで誕生」

    1960(昭和35)年の今日721日は、セイロン(現在のスリランカ)議会で、シリマヴォ・バンダラナイケが世界初の女性首相に選出されました。

    ・前年の1959年に、夫で首相でしたソロモン・バンダラナイケ氏が暗殺されたため、その志を受け継いだのです。

    ・彼女は、1916年に、キャンディ王国の貴族の家系に生まれ、1940年に結婚、夫は自由党を率いて1956年の総選挙に勝利して首相になりましたが、夫が暗殺されると、後を継いで自由党の党首になりました。

    ・その後、世界初の女性首相は英国領から独立後のセイロンで誕生しました。

    ・シリマヴォ・バンダラナイケ首相は、1960年から1965年にかけてセイロンで、1970年から1977年、1994年から2000年にはスリランカ共和国で、合計3度も首相と大統領を務めました。

    ・彼女は、世界史に新しい1ページを書き加えた偉大な女性です。彼女に続き、その後、インディラ・ガンディー印度首相、マーガレット・サッチャー英首相、アンゲラ・メルケル独首相等、世界各国に女性首相が誕生しました。

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    1969720日、アポロ11号、月面に軟着陸」

    1969(昭和44)年の今日720日は、アメリカのアポロ11号が、月面の「静かの海」に、人類で初めて降り立つ快挙を実現しました。

    ・アポロ11号に乗り込んだ3人の飛行士は、ニール・アームストロング船長、バズ・オルドリン宇宙飛行士、マイケル・コリンズ宇宙飛行士は、アメリカ最大の英雄となりました。

    ニール・アームストロング船長が、月に初めて一歩を踏み出した時、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」と、地球にメッセージを地球に送ってきました。

    ・船長に続いて月面を歩いたバズ・オルドリン宇宙飛行士は、月面を「荘厳な荒れ地」と表現しました。

    1961年に、当時のジョン・F・ケネディ大統領が、「1960年代が終わるまでに人類を月に立たせる」と宣言してスタートしたアポロ計画は、この日に、見事に成功しました。

    ・しかし、この計画は困難を極めました。まずは、人間を宇宙まで打ち上げるロケットの開発です。そして、最後には、人間の乗る部分を残して、あとは全て切り離してしまうことにより、遠い月までロケットを飛ばすことが出来るようになりました。

    ・アポロ計画で使用されたのは、フォン・ブラウン博士が開発を主導した「サターンV」ロケットです。全長約110mのサターンVは、現在でも史上最大のロケットとなっています。そしてサターンVには宇宙飛行士が乗り込む「アポロ宇宙船」が搭載されました。

    ・アポロ計画ではまず8号、9号、10号が有人飛行を実施し、そして1969年に打ち上げられた「アポロ11号」では、史上初めて人類が月へと降り立ちました。

    ・アポロ計画では、その後も12号、14号、15号、16号、17号と立て続けに、有人月面探査に成功し月から大量の資料を持ち帰り、月面車を利用した探査活動も実施されました。

    ・この日、彼らが持ち帰った月の石は、翌年の大阪で開催された万国博覧会で展示されました。

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    1960719日、女性大臣の日」

    1960(昭和35)年の今日719日は、日本の初の女性大臣として、中山マサ衆議院議員が、第1次池田内閣の厚生大臣になりました。

    中山マサ氏は、長崎市生まれで、イギリス人の父パワー氏と日本人の母、飯田ナカ氏の一人娘として生まれ、アメリカに留学した後、長崎市の活水女子英語専門学校、長崎市立高等女学校で教師を勤めて、1947(昭和22)年に旧大阪2区より、衆議院選挙に立候補して、当選し、その後、引退までに8回当選しています。

    ・中山マサ衆議院議員は、69歳で第1次池田内閣の厚生大臣として入閣し、日本初の女性大臣となった就任当時、中山マサ厚生大臣は「婦人が大臣になったからには、プラスアルファがなければ、つまり婦人問題に重点を置くということです」と、インタビューに抱負を語っています。

    ・中山マサ衆議院議員は、厚生大臣としての在任期間は5か月と短いですが、母子家庭への児童扶養手当を実現しました。

    ・中山マサ厚生大臣は、まさに池田内閣の看板として奔走したものの、第2次池田内閣では再任はされなかった。1969年(昭和44年)四男・中山正暉氏に地盤を譲り引退しました。

    ・まさに、その後の日本の女性大臣のとしての先駆けとしての功績は、多大なものがありました。

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    2011718日、なでしこジャパンW杯優勝」の日

    2011(平成23)年の今日718日は、日本の女子サッカーチーム「なでしこジャパン」が、6回女子ワールドカップドイツ大会決勝戦は、日本とアメリカ合衆国との間で、ドイツのFIFA女子ワールドカップスタジアム・フランクフルトを会場に行われた。

    ・決勝戦は、スコアー22での延長戦でも決着がつかず、PK戦にて日本がアメリカを3-1で下し大会初優勝を成し遂げました。

    ・本大会のグループリーグでは、日本はグループBでイングランドに敗北を喫し2位で通過、決勝トーナメントでは準々決勝でホスト国のドイツを延長戦の末に下し、準決勝でスウェーデンを破って決勝進出を決めました。

    ・アメリカもグループCを唯一負けたスウェーデンに次ぐ2位で通過、決勝トーナメントは準々決勝でブラジルを下し、準決勝でフランスを破って決勝進出を決めました。

    ・今回で6回目の出場となる日本チームは、グループリーグ21敗の2位で通過し、第2回大会以来の決勝トーナメント進出でした。これまで一度も勝利していなかった優勝候補のドイツやアメリカを破り、日本代表としては初のFIFA主催の世界大会優勝という快挙を成し遂げました。また大会のフェアプレー賞も受賞しました。

    MVPと得点王には澤穂希選手、また大会の優秀選手にあたるオールスターチームには澤穂希選手をはじめ海堀あゆみ選手、宮間あや選手、大野忍選手の4人が選ばれました。

    ・今回の第6回女子ワールドカップドイツ大会優勝について、「なでしこジャパン」は、団体として初めての国民栄誉賞を受賞しました。

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    1971(昭和46)717日は、世界女性初の欧州アルプス3大北壁」制覇

    1971年の今日717日は、日本の今井通子アルピニストが、グランド・ジョラス北壁の登頂に成功しました。先のマッターホルン北壁、アイガー北壁の登頂と会わせて、世界女性初の快挙でした。

    ・この日、このときグランド・ジョラス北壁の頂上では、隊長の高橋和之登山家と結婚式を挙げました。まさに、2重の喜びの達成でした。

    ・医師であり、女性初のヨーロッパ三大北壁完登者として「ミチコ」の名を世界で不動のものとした今井通子アルピニストは、その後、チョモランマ、キリマンジャロなど世界の高峰に次々と挑戦し、制覇する姿は多くの人々を感動させました。

    ・今井通子アルピニストは、1942年東京都出身で、1966年東京女子医科大学卒業。在学中に山岳部に入部し登山を始めました。1967年女性パーティーとして欧州アルプス・マッターホルン北壁登攀に初成功。1969年アイガー北壁、1971年グランド・ジョラス北壁と、世界女性初の欧州三大北壁完登者となりました。

    1979年ネパールヒマラヤ・ダウラギリの山登頂成功。1985年エベレスト中国側チョモランマ峰北壁に挑み、冬季世界最高到達点を記録しました。

    ・現在も東京女子医大で診察する傍ら、東京農業大学客員教授として環境問題を研究し、さらに国内外のトレッキングツアー、講演、などをこなしています。著書は『あなたと歩く世界の名峰』(小学館)など多数。

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    1999716日は、国土交通Day」記念日

    1999(平成11)年の今日716日は、国土交通省設置法が公布されたことを記念して「国土交通Dayが制定されました。

    「国土交通Day」は、日本の国土交通行政に関する意義・目的、重要性を広く国民に周知することを目的とした記念日です。

    ・「国土交通Day」は、国土交通省の発足した2001(平成13)年から記念日として数々のイベントが実施されています。この日の716日前後には国土交通省関係施設の見学会、国営公園の無料開放の実施に併せて各種の広報啓発活動が行われています。

    ・国土建設記念日は、旧建設省が実施していた記念日で、1948(昭和23)年に建設院が建設省に昇格した日を記念して710日でした。

    国土交通省は、「国土の総合的かつ体系的な利用、開発及び保全、そのための社会資本の整合的な整備、交通政策の推進、気象業務の健全な発達並びに海上の安全及び治安の確保を図ること」を任務とする国の行政機関です。

    ・国土交通省は、2001年の中央省庁再編により、運輸省、建設省、国土庁、北海道開発庁を統合して設置されました。外局として観光庁、気象庁、運輸安全委員会、海上保安庁が置かれています。

    ・国土交通省の本庁の屋上には、緑でいっぱいの庭園があります。これは、2000(平成12)年からつくられた庭園で、都会のヒートアイランド現象の緩和や良好な自然環境を作り出す目的で設置されました。この国土交通省の試みは、色々な公共移設や会社でも行われています。少しずつでも緑が増えることは、良いことですね。

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    1868715日は、大阪港開港記念日」

    1868年の今日715日は、大阪港開港記念日です。安治川の河口に開港されたことを記念して制定されました。大阪港といえば、大阪府大阪市にある日本を代表する港湾でスーパー中枢港湾の指定を受けている国際戦略港湾です。

    1868年(慶応4年)に開港して以来、1939年(昭和14年)には取り扱い貨物量日本一の港として栄え、現在では物流のほか、ショッピングやレジャー施設ができ、大型クルーズ船も続々と入港する港に発展してきた大阪港が、2018年で開港150年を迎えています。

    ・そもそも、大阪港の歴史は1400年前までさかのぼるとされています。それまで国際港として栄えていた難波津や住吉津といった海港は淀川が運ぶ土砂の堆積で衰退してしまいました。そこで、安治川上流の川口波止場に運上所をつくり、大阪港として開港しました。

    ・しかし、安治川も洪水のたびに土砂がたまってしまい、大型船は沖で小さな船に貨物を積みかえて、港に運ぶ必要がありました。そこで安治川河口に新しい大阪港をつくろうとなり、1897年に築港工事を開始して、約30年もの時間をかけて完成されました。

    ・その後の大阪港は、日本一の港として繁栄し、フェリーターミナルや客船ターミナル、鉄道や鉄橋などをつくり、いくつもの働きを兼ねた現在のような新しい港に変わっています。

    ・現在の大阪市では、大阪港を通して海や港へより親しんでもらおうと、「大阪港みなとまつり」を毎年開催しています。

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    1961714日は、検疫記念日」

    1961(昭和36)年714日に、厚生労働省と日本検疫衛生協会が制定した記念日です。

    ・検疫記念日は、1879(明治12)年714日に日本初の伝染病予防の法令である「海港虎列刺(コレラ)伝染予防規則」が公布されたことに由来しています。そして検疫の重要さを多くの人に知ってもらうために制定されました。

    1879年と1886年には、日本中で、コレラで10万人を超える死者が出ました。そのため、コレラの予防には、国内に菌が入らないこととされ、「海港検疫」が行われるようになりました。

    ・その後、これら以外の伝染病や動物に感染する病気が国内に入ることを予防のために、「伝染病予防法」や「海港検疫法」、「航空検疫規則」などの法が作られ、現在では、「検疫法」に基づいて港や空港での検疫が行われています。

    ・全国の主要な海港や空港などに設置されている検疫所では、検疫法に基づき、日本に常在しない感染症の病原体が海外からが船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するため、海外からの来航者について検査等を行い、また、感染症の媒介動物である蚊やネズミなどの調査や必要に応じて駆除、消毒を行っています。

    ・この日から、1週間は、海の衛生週間として、防疫の大切さを知らしめる行事などが、行われます。

    ・横浜市金沢区長浜には、野口英世博士ゆかりの細菌検査室があります。細菌検査室は検疫所の施設の一つとして1895年に建設され、野口博士が勤務していた当時が偲ばれます。時は流れて1997年に細菌検査室や長浜ホールを含めた一帯が野口記念公園として開園されています。

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