今日は何の日

「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。

    「今日は何の日」は、今日、過去に起こった注目すべき出来事等をご案内致します。


    ・今日123は、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が提唱する「一無二少三多」をより多くの人に実践してもらうことを目的に、同協会が、語呂合わせで、記念日に、制定しました。

     

    一無(いちむ)とは、無煙と禁煙、「タバコの三悪」とは、タバコによってからだに運び込まれるニコチン、タール、一酸化炭素です。タバコの三悪の追放です。

     

    二少(にしょう)とは、少食と少酒の勧め、昔から「腹八分目に医者いらず」と言われているように暴飲暴食を控えることは、身体の機能を健康な状態に維持していく上でたいへん重要です。

     

    ・「百薬の長とはいえども、万の病は酒よりこそおこれ」という言葉もあるとおり、アルコールをたくさん飲める人でも、一日に適度の飲酒量が望ましいということです。

     

    三多(さんた)とは、多動(身体をより動かす)、多休(しっかり身体を休める)、多接(人や物や出来事に接する)を掲げています。

     

    1日に20分の歩行を2回。体操・筋力トレーニングを各10分 身体を活発に動かすことは、健康づくりに欠かせません。まずはよく歩くことが大切です。日常生活の活動量を増やして身体活動を高めましょう。

     

    ・(多接の勧め)とは、多くの人と交流し、さまざまな物、事柄に興味をもち、接することで創造的な生活を送りましょう。

     

    ・趣味や目的をもって生活している人は、何歳になっても生き生きしているものです。

     

    ・本当に、「一無二少三多」の記念日は、共感出来る記念日では、ないでしょうか。

    日本初の白熱電灯が灯った日

     

    1,887年(明治20年)122は、藤岡市助(ふじおか いちすけ)が研究を重ねた末に白熱電球を完成させて東京の鹿鳴館で白熱電灯をともした日です。

     

    ・藤岡市助は、日本の工学者で実業家。日本に電気、電球灯の普及させたところに功績が大きく、「日本のエジソン」、「電力の父」と評されています。

     

    ・エジソンが白熱電球の改良に成功してから数年後、日本では初の電力会社「東京電燈」(東京電力株式会社の前身)が設立されました。

     

    ・藤岡市助は、その「東京電燈」設立にあたり、発起人の一人になっただけでなく、白熱電球を量産化に貢献し、国内電気産業を隆盛化しました。

     

    ・まずは発電機の設置から日本の電化は始まりました。こうして発電機によって電気の有用性を宣伝しつつ、ついに明治197月、日本初の電力会社東京電灯が開業しました。

     

    ・この会社が移動式発電機を使って白熱電球に点灯し最初に点灯させたのは、明治20122の鹿鳴館でした。


    初大師・初弘法(121日 年中行事)

     

    1月21日は、真言宗の開祖である弘法大師空海の入寂の日です。

     

    弘法大師(空海)の忌日が321日であることから、真言宗各寺院では毎月21日を縁日としています。

     

    121日は新年最初の縁日ということで、「初大師」や「初弘法」ともいいます。

     

    ・毎月21日に大師参りと称して大師堂に参拝します。

     

    ・関東では厄除け大師で知られる神奈川の川崎大師、関西では京都の東寺、東京の西新井大師が全国的に有名です。

     

    ・「大師」とは、朝廷から高僧に対してその死後に贈られる(おくりな)のことです。

     

    ・真言宗では空海が最初に「弘法大師」と、最初に大師を贈られました。

     

    ・日本天台宗の開祖最澄と共に、日本仏教の大勢が、奈良仏教から平安仏教へと、転換していく流れの冒頭に位置し、中国より真言密教をもたらしました。

     

    ・能書家としても知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられています。

     

    ・「弘法大師」という御名前は、空海が即身仏となられた後、醍醐天皇から贈られた諡のことです。



    今日120日は、アメリカ大統領就任式が実施される日

     
    ・西暦年が4で割り切れる年にアメリカ合衆国大統領選挙一般投票が実施されます。その翌年の今日120日に大統領就任式が実施されます。

     1937年以降は、アメリカ合衆国憲法修正20条により、大統領の任期は120日の正午に終了することとされており、その瞬間から次の大統領の任期が始まります。

     

    ・アメリカ合衆国大統領はその職務を執行する前に「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽して合衆国憲法を維持、保護、擁護すること」を誓うのが慣例です。

     

    ・大統領の宣誓はアメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のアメリカ合衆国議会議事堂前で、新大統領の任期開始時刻と合わせて行われます。

    ・就任式当日は米国の祝日となります。

     

    ・近年の歴代大統領の就任式(120日)が行われた年は以下の通りです。

     

    ・第41代 ジョージ・HW・ブッシュ大統領:1989年(平成元年)

     

    ・第42代 ビル・クリントン大統領:1993年(平成5年)、1997年(平成9年)

     

    ・第43代 ジョージ・W・ブッシュ大統領:2001年(平成13年)、2005年(平成17年)

     

    ・第44代 バラク・オバマ大統領:2009年(平成21年)、2013年(平成25年)

     

    ・第45代 ドナルド・トランプ大統領:2017年(平成29年)


    今日119日は、田部井淳子が、南極大陸の最高峰に到達した日

    1991119、今日は、日本の女性登山家の一行が、標高4,892メートルの南極大陸の最高峰ビンソンマシフの登頂に成功した日です。

     

    ・女性として世界で初めて世界最高峰エベレストおよび七大陸最高峰への登頂に成功したことで知られました。

     

    ・田部井氏は、1,975年に35歳で、女性初となるエベレスト登頂に成功しました。

     

    ・その後、キリマンジャロ、アコンカグア、マッキンリーと、各大陸の最高峰を制覇してきました。

     

    ・この日119で、5大陸最高峰制覇を達成しました。

     

    ・その後、1,992年には、カルステンツ.・ピラミッド、エルブルース西峰の登頂に成功し、女性初の7大陸最高峰制覇をなしとげました。

     

    ・ご自分が求める登山ではスポンサーなどによる資金を得ずに、ご自身でお金を支払っていること、ガイド資格などを所持していないことから「登山家が自分の仕事かと言うと、そうではないと思う」と、記者のインタビューで答えています。

     

     



    今日118日は、118番の日

    ・今日118は、海上保安庁が2011(平成23)年から実施しています118番の日です。

    ・何故118日が、「118番の日」なのかというと、118日の「1」と「18」の数字の並びが、海上保安庁への緊急通報用電話「118番」と同じであることが由来となっています。

     

    ・海上保安庁によりますと、118日を「海での事件や事故の重要性を理解してもらい、海の安全確保に役立てる」ことを目的として、緊急通報用電話番号118の知名度向上のため、2011118日より海上保安庁が制定しました。

     

    ・この日には海上保安庁への緊急通報用電話番号「118番」を広く知ってもらうための活動が行われています。

     

    ・海上でのSOSに、電話による緊急番号118番があります。


    ・ 海上保安庁は、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号として、警察の110番や消防の119番のように覚えやすい局番なし3桁電話番号「118番」の運用を開始しています。

     

    118番とは、日本における海上での事件・事故の緊急通報用電話番号です。

     

    ・緊急通報用電話番号とは、犯罪事案発生時や災害発生などの緊急時に、当地の警察や消防などの緊急対応機関に通報するための電話番号で、国によってその番号は異なります。

     

    ・船舶電話からは海上保安庁運用司令センター、船舶電話以外の電話(一般加入電話、公衆電話、携帯電話、PHS)からは全国11ヵ所の各管区海上保安本部に接続されます。


    今日117日は、阪神・淡路大地震が起きた日

    1995117日の午前546分、兵庫県の淡路島北部を震源とするマグニチュード7.2の地震が発生しました。

    ・神戸市や芦屋市などでは、観測史上初の震度7を記録しました。

    ・震源の深さが浅く、都市を直撃したため電気や水道、ガス、交通網などが寸断し、死者・行方不明者は、6,473人。

    ・住宅も約25万棟が全半壊、家屋の倒壊、火災によって、とても大きな被害となりました。

    ・この地震を教訓に、建物の耐震化を進める法律が制定されました。

    ・政府や行政の対応の被害の対応遅れが批判された一方、学生を中心としたボランティア活動が活発化して、「日本のボランティア元年」といわれました。

    ・この大震災を機に、ボランティア活動への認識を深め、災害に対する備えの充実強化を図る目的で、閣議決定にて「防災とボランティアの日」が制定されました。

    ・例年115日~21日は「防災とボランティア週間」となっています。

    ・また、兵庫県は117日を「ひょうご安全の日」として独自の記念日を制定しています。


    今日116日は、ペリーが再び横浜に来航した日

    1854年の今日、116、アメリカの東インド艦隊司令長官のペリー率いる、9隻の軍艦が横浜村に再来航しました。

    ・ペリーは、前年に、江戸幕府に開国を求める親書を渡していました。


    2度目の来航の目的は、アメリカとの貿易を認めさせるものでしたが、幕府はなかなか受け入れません。

    1か月半に及ぶ会談の末、ようやく「日米和親条約」が締結されました。

    ・これによって、200年に渡る鎖国制度が、幕を閉じました。

     

    黒船来航とは、前年の嘉永6年(1853年)63日に、代将マシュー・ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が、日本に来航した事件をいいます。

    ・艦隊は江戸湾入り口の横須賀市浦賀沖に停泊し、幕府はペリー一行の久里浜への上陸を認め、そこでフィルモア・アメリカ合衆国大統領国書が幕府に渡され、翌年の日米和親条約締結に至りました。

    ・日本では主に、この事件から明治維新までを「幕末」と呼んでいます。

    ・「泰平の眠りをさます上喜撰(じょうきせん)、たった四杯で夜も寝られず」

    という狂歌は、黒船の来航で人びとが夜も眠れぬほどの騒ぎだったことが詠まれています。

     

    ・ペリーは翌年の嘉永71854)年116、今度は、7隻の艦隊を率いて再び来航し、和親条約の締結を江戸幕府に迫ります。

     

    ・結局、幕府は同年33日に横浜村で12条の日米和親条約(神奈川条約)を締結しました。

    今日は、ハドソン川の軌跡

     

    ・現地時間20091月15日午後3時30分(日本時間1月16日午前5時30分)頃、米ニューヨーク・ラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズのエアバスA320型機が飛行不能となり、マンハッタン島の西側を流れるハドソン川の水面に不時着しました。

    ・乗客150人、乗員5人は機体から脱出、全員が救出されました。

    ・米連邦航空局は、エンジンが鳥を吸い込む「バードストライク」が原因とみて、調査に入りました。

    ・AP通信は救急隊員の話として、少なくとも78人が負傷したが、大半は軽傷だと伝えました。

    ・在ニューヨーク日本総領事館によると、堺商事(本社・大阪市)のニューヨーク現地法人に勤務する滝川裕己(ひろき)さん(43)と出口適(かなう)さん(36)の2人の日本人乗客が搭乗していましたが、幸い怪我はありませんでした。

     

    ・同機はノースカロライナ州シャーロット行きの1549便。ニューヨークは、事故当時の気温氷点下6・7度、水温4・4度でした。

     

    ・乗客の証言によると、離陸から数分後、機体に衝撃があり、エンジン部分から煙が上がりました。

    ・付近で鳥の群れが確認されており、左右両翼下のエンジンが吸い込み、停止したと見られました。

    ・ 機長はラガーディア空港に引き返すのは不可能と判断し、眼下のハドソン川に緊急着水しました。

    ・機体は前部が水面に浮き、後部がやや沈む傾斜状態。

    ・機内に浸水する中、乗客らは左右の非常口から脱出し、水面すれすれの主翼で救助を待ちました。

    ・着水現場に急行した米沿岸警備隊などの救助ボートが機体に横付けされ、救命胴衣を着けた乗客らが次々と乗り移りました。

    ・現場付近は、川幅約2キロで、着水地点は川岸から数百メートル。

    ・フェリーや水上タクシーも救助作業に参加しました。

    ・現場から数百メートル陸側には、ロックフェラーセンターなど高層ビル街があり、機体が陸上に墜落していれば大惨事となるところでした。

    ・また、事故発生から約1時間で救出作業が完了、米メディアは「乗員・乗客らの冷静で迅速な対応が奇跡的な全員救助につながった」と大々的に伝えています。

    ・機長がみせた究極のプロフェッショナリズムとボランティア精神による救助がもたらした「奇跡」は、金融危機で重苦しいムードが漂う米国の人々の心に希望の火をともしました。
     

    ・ マンハッタンの西側を流れるハドソン川に同機が不時着したのは、午後3時半すぎ。現場から東へ約12キロのラガーディア空港を3時26分に、ノースカロライナ州のシャーロット空港に向けて離陸した直後のことでした。

     

    ・機は鳥の群れに突っ込み左右のエンジンに鳥が吸い込まれる「バードストライク」で飛行できなくなったとみられました。

     
    ・元空軍パイロットで操縦歴40年以上のベテラン、チェスリー・サレンバーガー機長(当時57)は、ラガーディア空港へ戻るか、より近いニュージャージー州の空港への着陸を検討した。だが、最終的にハドソン川への着水を決断しました。

    ・タイムズスクエアに摩天楼。マンハッタンに突っ込めば大惨事になるところでした。

    ・機長は機首を上げ気味に着水を実施しました。

    ・着水はスムーズでした。しかし、川岸からわずか数百メートルの現場でした。

    機体は上半分を見せ水面に浮かび、乗客は両翼の上などで救助を待ちました。

     
    ・乗客には大阪市中央区の化学品専門商社「堺商事」の現地法人に勤める滝川裕己さん(43)と出口適さん(36)の2人も含まれていました。

    ・沿岸警備隊や、近くを航行していたフェリーなどに全員が救出、収容され、手当てを受けた乗客78人の大半は軽傷でした。
     

    ・「機長から『衝撃に備えてください』とのアナウンスがあった。


    ・機内では多くの人が祈っていました。

    ・管制官との交信の際も機長は終始冷静だったといいます。

    ・ある目撃者は「非常に制御された降下だった」と言いました。

     ・米運輸安全委員会は調査チームを事故現場に派遣し、原因究明に乗り出しました。

     ・「奇跡」は機長の冷静な対応と飛行技術に負うところが大きい。だが、それだけではありません。多くの救いの手が差し伸べられました。

     ・事故発生当時は日没前で明るく、機体はすぐに水没することなく1時間ほど浮いていた。その現場付近に、沿岸警備隊の巡視船やフェリーなどが多く航行していたことが幸いしました。

    ・救助に向かったフェリーなどは14隻。そのひとつ「トーマス・ジェファーソン号」が救助を始めると、翼の上に立ちすくむ乗客からは歓声が上がりました。

    ・水難救助は高い技術が必要だとされています。

    ・フェリーの乗員は救助訓練を定期的に受けており、迅速な対応がとれたといいます。

    ・不時着水から救助まで約40分間。この日のニューヨークの気温はマイナス8度でした。

    ・この事件は、後日「ハドソン川の軌跡」として、上映されましたが、事件は瞬く間にアメリカ全土に広がり、機長は、英雄視されています。


      今日114日は、成人の日


    ・今日114日は、「大人になったことを自覚し、自から生き抜こうとする青年を祝い励ます」ことを趣旨として制定された国民の祝日の日をいいます。

     

    ・成人式(せいじんしき)とは、成人式を行う年度内に満20歳となる人々を学齢ごとに各日本の地方公共団体ごとに1月第2月曜日(成人の日)に自主的に招き、激励・祝福する行事をいいます。

     

    1,9487月公布・施行の祝日法によって制定され、1,999年までは115日でした。

     

    ・それ以降、ほとんどの地方で成人式はこの日に行われるようになりました。

     

    ・この日114日の成人式は、小正月で、かつて元服の儀が行われていたことに由来します。

     

    2,000(平成12)年から1月第2月曜日に変更されました。

     

     

    ・日本政府の主催ではなく、各地方自治体が自主的に行っているため、満20歳の学齢方式はどこも同じですが成人の日以外に主催する自治体も存在します。

     

    ・その後、1,998年(平成10年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)に伴って、2,000年(平成12年)より、成人の日は1月第2月曜日へ移動しています。

    このページのトップヘ